大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(行ウ)37号 判決 1997年8月08日

原告

甲野一郎

甲野二郎

右両名訴訟代理人弁護士

吉原大吉

右訴訟復代理人弁護士

中尾隆宏

被告

東京国税局長

渡辺裕泰

右指定代理人

小濱浩庸

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告が原告らに対し平成三年五月二一日付けでした第二次納税義務の各告知処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、同族会社が会社資産を売却して解散するに当たり、その取締役に過大な退職金を支給したため会社に対する法人税の徴収不足が生じたとして、被告が国税徴収法三九条に基づき、退職金を支給された取締役である原告らに対し第二次納税義務の告知処分をしたところ、原告らがこれを不服として、その告知処分の取消しを求めている事案である。

一  争いのない事実

1  有限会社○○堂××(以下「訴外会社」という。)は、和菓子の製造販売を主な業とし、原告らの父甲野太郎(以下「太郎」という。)を代表取締役とする同族会社であったが、昭和六三年三月二二日、同社所有に係る東京都中央区<番地略>の土地及び同所<番地略>所在の建物(以下「本件土地建物」という。)を株式会社トータスに対し二億三三八〇万円で売却した。そして、訴外会社は、同年六月三〇日、臨時社員総会において清算人を太郎とすることにして、同社を解散する旨の決議をし、同年七月一二日、右解散及び清算人就任の登記を経由した。

2  訴外会社は、右臨時社員総会において、別表1記載のとおり、同社の原告らを含む役員その他の社員に対し、退職慰労金及び特別功労金として、本件土地建物の売却益にほぼ相当する合計二億一二六〇万円を支給する旨決議し、昭和六三年八月三一日、右役員らに対しこれを支払った。訴外会社は、右退職慰労金及び特別功労金の全額を損金の額に算入した上で、同年九月二九日、昭和六二年七月一日から昭和六三年六月三〇日までの事業年度(以下「昭和六三年六月期」という。)の法人税の確定申告書を日本橋税務署長に提出した。なお、その直後である同年九月三〇日、別表1記載の訴外会社の役員及び社員の全員を取締役等の役員とし訴外会社と同じ菓子製造販売業を営む有限会社○○堂(以下「新会社」という。)が設立された。

3  訴外会社は、平成元年六月二一日、日本橋税務署長に対し、昭和六三年六月期における法人税について、原告らに対する退職慰労金各六四〇〇万円及び特別功労金各一六〇〇万円の合計各八〇〇〇万円(以下「本件各退職金」という。)のうち、それぞれ四〇〇〇万円は過大な退職金であるとして自ら損金算入を否認し、本税三二八四万〇一〇〇円及び利子税一九万七〇〇〇円とする修正申告書を提出した(以下、この修正申告を「本件修正申告」という。)。日本橋税務署長は、平成元年七月三一日、右本税に対し、納期限を同年八月三一日とした過少申告加算税四九〇万〇五〇〇円の賦課決定をした。

4  訴外会社は、本件修正申告により確定した本税及び利子税に係る租税債務を滞納したため、日本橋税務署長は、平成元年八月一八日、訴外会社が株式会社仙台銀行(東京支店扱い)に対して有する合計二三一万一二六〇円の普通預金債権、定期預金債権及び定期積金債権を差し押さえた上で、国税通則法四三条三項に基づき、同月二五日付けで被告に徴収の引継ぎを行い、同月二九日付けで被告が徴収の引継ぎを受けたので、被告が訴外会社に対する滞納国税の徴収の所轄庁となった。

5  被告は、訴外会社が滞納した前記3の法人税本税三二八四万〇一〇〇円、利子税一九万七〇〇〇円及び過少申告加算税四九〇万〇五〇〇円並びに本税に対する延滞税(以下、これらを併せて「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成三年四月一七日、訴外会社が株式会社住友銀行(水天宮支店扱い)に対して有する三万五〇〇〇円の当座預金債権を差し押さえたが、その当時、訴外会社には他に差し押さえるべき財産はなかった。

6  被告は、平成三年五月二一日、原告らに対し、本件滞納国税の第二次納税義務者として、各自四〇〇〇万円を限度として、同年六月二一日を期限として本件滞納国税の全額を納付すべき旨の各告知処分(以下「本件各告知処分」という。)をした。

7  原告らは、平成三年六月二四日付けで、本件各告知処分について異議申立てをしたが、被告は、平成五年四月九日、異議申立てを棄却する決定をした。原告らは、これを不服として、同年五月一四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成六年一一月二二日付けで審査請求を棄却する裁決をした。

二  被告の主張

1  国税徴収法三九条における第二次納税義務は、①滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められること、②その不足すると認められることが、その国税の法定納期限の一年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った無償又は著しく低い額の対価による譲渡、債務の免除その他第三者に利益を与える処分に基因すると認められること、という二つの要件を充足する場合に成立するものである。

本件各告知処分は、以下のとおり第二次納税義務の成立要件を具備しており、適法であることが明らかである。

2  ①の要件について

国税徴収法三九条に規定する第二次納税義務の制度は、滞納者の国税について滞納処分を執行しても徴収できない場合において、滞納者から財産の無償又は著しく低い額の対価による譲渡等を受けた者に対し第二次納税義務を負わせ、もって、国税収入の簡易迅速な確保を図ることを目的とするものであるから、この目的に照らしても、また同条の文理解釈からしても、同条に定める「徴収すべき額に不足する」かどうかを判定する基準時は、第二次納税義務者に対する徴収告知の時と解すべきである。

これを本件についてみると、本件各告知処分があった平成三年五月二一日において、訴外会社の資産が本件滞納国税の額に不足する状態であったことは明らかであるから、本件は、訴外会社に対し本件滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に該当するということができる。

3  ②の要件について

②の要件を充足するためには、a納税者が無償又は著しく低額による財産の処分をしたこと、b滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められることが、右財産の処分に基因すると認められること、及びc右財産の処分がその国税の法定納期限の一年前の日以後に行われたことが必要である。

(一) 無償又は著しく低額による財産の処分について

(1) 訴外会社は昭和六三年六月三〇日に解散しているが、その解散と同時期において役員に対して退職金を支給したことのある法人で、しかも訴外会社と同種の菓子製造業を営み、かつ事業規模も類似している法人の役員に対する退職金の支給状況は別表2記載のとおりであり、その功績倍率(支給退職金額を勤務年数で除し、更に最終報酬月額で除した係数)の平均値は、3.29(小数第三位以下は四捨五入)である。

(2) 訴外会社は、昭和四四年二月三日に設立され原告二郎が代表取締役に就任し、昭和五一年一一月一日に本店を中央区<番地略>へ移転し、同年一二月三日に右本店移転の登記がされた。しかし、訴外会社は、同年七月一日までは営業活動を行わないいわゆる休眠法人であったから、原告二郎の訴外会社における勤務年数は、同年七月を始期として算出すべきであり、原告甲野一郎は、同年一〇月三一日に訴外会社の取締役に就任したのであるから、同日を始期として勤務年数を算出すべきである。また、原告らの勤務年数の終期は、いずれも昭和六三年六月三〇日であるから、原告ら両名の勤務年数はそれぞれ一二年(なお、一年未満の端数を切り上げた。)である。そして、原告ら両名の最終報酬月額はいずれも四〇万円である。

したがって、原告ら両名の相当とされる退職金の額は、最終報酬月額四〇万円に平均功績倍率3.29を乗じ、さらに、勤務年数一二年を乗じて算出された額であり、その額は、原告ら両名ともに一五七九万二〇〇〇円である。

(3) 右のとおりであるから、原告らの相当とされる退職金の額は、それぞれ一五七九万二〇〇〇円であり、本件各退職金八〇〇〇万円のうち利益処分とされ損金不算入とすべき金額は、八〇〇〇万円から一五七九万二〇〇〇円を控除した六四二〇万八〇〇〇円であることとなり、同金額は、原告らのそれまでの職務執行及び功労に対する正当な対価とは認められない。

そうすると、訴外会社が原告らに対し、相当とされる退職金に相当する金額を超える部分を支給したこと(以下「本件財産処分」という。)は、原告らに対し、合理的な理由がなく経済的利益を与えたものというべきであるから、納税者が無償でその財産を処分した場合に該当する。

(二) 徴収額の不足が財産の処分に基因すると認められることについて

訴外会社は、本件土地建物の売却益にほぼ相当する退職金を原告らを含む訴外会社の役員に支給する旨の臨時社員総会の決議に基づき、原告らに対し、本件各退職金を支給したために、訴外会社には合計二三四万六二六〇円の預金等の債権しか存在しなくなったのであるから、訴外会社に対し、本件滞納国税につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められることが、本件財産処分に基因することは明らかである。

(三) 財産の処分が法定納期限の一年前の日以後に行われたことについて

本件財産処分は、昭和六三年八月三一日に行われたものであり、本件滞納国税の法定納期限である同年九月三〇日の一年前の日以降に行われたことは明らかである。

4  右2及び3のとおり、本件においては、原告ら各自について、国税徴収法三九条における第二次納税義務の成立要件はいずれも満たされている。そして、訴外会社は、別表1記載のとおり、その社員のすべてが原告らの親族であり、その出資割合が一〇〇パーセントを占める同族会社である(法人税法二条一〇号)から、原告らは、国税徴収法施行令一三条一項五号に規定する同族会社の判定の基礎となった社員、すなわち国税徴収法三九条に規定する「特殊関係者」に該当する。

したがって、原告らは、いずれも六四二〇万八〇〇〇円の限度において第二次納税義務を負担することとなる。

5  以上のとおり、原告らは、いずれも六四二〇万八〇〇〇円の限度において第二次納税義務を負担するのであるから、原告らに対し各々四〇〇〇万円を限度として第二次納税義務を負担すべきものとしてされた本件各告知処分が適法であることは明らかである。

三  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

1  認否

(一) 被告の主張1のうち、本件各告知処分が適法であるとの主張は争う。

(二) 被告の主張2のうち、本件各告知処分がされた当時、訴外会社に対し滞納国税について滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められたとの主張は争う。

(三)(1) 被告の主張3(一)(1)の同種法人の功績倍率は知らない。同(2)のうち、訴外会社が昭和四四年二月三日に設立され原告二郎が代表取締役に就任したこと、訴外会社が昭和五一年一一月一日に本店を中央区<番地略>へ移転し、同年一二月三日に右本店移転の登記がされたこと、原告らの最終報酬月額が四〇万円であることは認め、その余の主張は争う。同(3)の主張は争う。

(2) 被告の主張3(二)、(三)は争う。

(四) 被告の主張4、5は争う。

2  反論

原告らの本件各退職金は、最終報酬月額四〇万円、功績倍率八倍、勤務年数二〇年で算出した退職慰労金各六四〇〇万円と特別功労金各一六〇〇万円から成るものである。訴外会社は、昭和五一年に株式会社○○堂(昭和三〇年七月八日設立)から全事業、全財産を引き継いで営業してきたものであるが、原告らは、株式会社○○堂及び訴外会社において従業員又は取締役として業務に従事してきた。したがって、訴外会社が原告らの退職慰労金の計算の対象となる勤務年数を二〇年としたことは適正であり、原告ら両名が訴外会社の事業を実質的に営んできた最も功績の高い者であることを考えれば、本件各退職金の金額は相当かつ妥当なものである。

四  原告らの主張(第一次納税義務の不存在)

訴外会社が原告らに支給した本件各退職金の金額は、原告らの功績を考えれば、相当なものであり、本件各退職金のうち四〇〇〇万円ずつ合計八〇〇〇万円の損金算入を否認する必要はなかった。しかるに、日本橋税務署長は、原告らの功績を何ら調査することなく、これを全く考慮しないばかりか、担当職員において訴外会社の取締役であった原告二郎らに対し脅迫的な言辞を吐くようなことまでして、修正申告をしょうようし、その結果、訴外会社としては、修正申告をせざるを得ないと誤信し、本件修正申告に及んだものである。訴外会社の錯誤は客観的に明白かつ重大であって、修正申告の是正を許さないとするならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特別の事情があるというべきである。

したがって、本件修正申告は、民法九五条の錯誤により無効であり、本件修正申告により納付すべき法人税額とされた三二八四万〇一〇〇円は理由がなくなり、本件修正申告を前提として日本橋税務署長がした過少申告加算税の賦課決定と被告がした本件各告知処分はいずれも無効である。

五  原告らの主張に対する被告の認否及び反論

1  認否

原告らの主張は争う。

2  反論

(一) 前記二3(一)記載のとおり、原告らについて妥当とされる退職金額はそれぞれ一五七九万二〇〇〇円であり、本件各退職金のうち、それぞれ四〇〇〇万円を超える金額が損金に算入できないことを前提としてされた本件修正申告は、少なくとも四〇〇〇万円を超える金額を損金に算入できないという限度においては、実態に符合しており、修正申告書の記載内容には何ら錯誤はないというべきである。

(二) 仮に右(一)の点をおくとしても、納税申告書の記載内容の過誤の是正について、法定の方法によらないでその記載内容の錯誤を主張することができるのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって国税通則法その他税法の定めた方法以外にその是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限られる。

これを本件についてみると、日本橋税務署長の命を受けた所部職員は、訴外会社の昭和六三年六月期の確定申告書の記載内容を検討し、調査の結果、少なくとも本件各退職金のうち二六三二万円(最終報酬月額四〇万円に平均功績倍率3.29を乗じ、さらに、勤務年数を二〇年として、これを乗じて算出された金額)を超える部分が過大であり損金に算入できないものと判断し、修正申告をするよう行政指導したところ、訴外会社は、税務に関する専門知識をもつ税理士が行政指導の内容を検討した結果を踏まえ、自らの判断により本件修正申告を行ったものである。

したがって、本件修正申告に客観的に明白かつ重大な錯誤はなかったというほかなく、仮に本件修正申告に原告ら主張のとおりの錯誤があったとしても、これをもって法定の是正方法によらないでその無効を主張し得べき特段の事情のある場合に該当するということはできない。

第三  当裁判所の判断

一  法人税法三六条と国税徴収法三九条の関係について

本件の主要な争点は、本件各退職金の支給が国税徴収法三九条に規定する無償又は著しく低額の対価による財産の処分に該当するか否か、本件各退職金に法人税法三六条に規定する過大な役員退職給与部分があったとしてされた本件修正申告が錯誤により無効であり、第二次納税義務の前提となる第一次納税義務が不存在といえるか否かであるが、右争点に対する判断の前提として、法人税法三六条の定める過大な役員退職給与に該当するかどうかの判断基準、右過大な役員退職給与の支給があったとされる場合と国税徴収法三九条に規定する無償又は著しく低額の対価による財産の処分があったとされる場合の関係いかんについて考察しておくこととする。

1  法人税法三六条は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、各事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない旨規定し、同法施行令七二条は、右の不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給した退職給与の額が、当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額とする旨規定している。

役員退職給与の金額の相当性の判断に当たっては、当該法人と同業種、類似規模の法人の役員退職給与の支給事例から功績倍率(当該役員に支給された退職金の金額をその役員の勤務年数で除し、更にその役員の最終報酬月額で除した係数)の平均値を算出し、その平均値に、過大な役員退職給与を支給されたか否かが問題とされている役員の最終報酬月額及び勤務年数を乗じて算出した金額をもって、その役員に対する相当な役員退職給与の金額とする平均功績倍率法が利用されることがある。しかして、役員退職給与の額は、通常、その役員の法人に対する功績がもっとも反映される最終報酬月額及び勤務年数を基礎として算出されるのが一般的であるから、平均功績倍率法は、比較対象とする法人の役員退職給与の支給事例の選定が合意的に行われている場合には、過大な役員退職給与を支給されたか否かが問題とされている役員の最終報酬月額がその役員の在職期間を通じての当該法人に対する功績を適正に反映していないと認められる特段の事情がない限り、法人税法三六条、同法施行令七二条の趣旨に合致し、合理的なものということができる。

2  本件において、被告は、平均功績倍率法により、原告らの相当とされるべき退職金額を一五七九万二〇〇〇円と算出し、これと本件各退職金八〇〇〇万円との差額である各六四二〇万八〇〇〇円は、過大な役員退職給与として損金不算入とすべき金額であり、同金額は、原告らのそれまでの正当な職務執行及び功労の対価とは認められないとして、その差額分の支給は訴外会社が無償で財産を処分したことになる旨主張している。被告の右主張は、法人税法三六条により過大な役員退職給与として損金に算入されない退職金の支給は、すべて、国税徴収法三九条の無償による財産の処分に該当するというものである。

しかしながら、法人税法三六条は、法人税の算出の基礎となる所得金額の計算については過大な役員退職給与部分を損金の額に算入しない旨を定めているにすぎないものであり、会社と役員の間の役員退職給与の支給に関する法律関係の効力を否定するものでないことはもちろんであり、それが当該役員の職務の執行及び功労に対する対価であることを否定する趣旨までを含むものでもない。したがって、法人税法三六条との関係で、当該役員の退職給与のうちに過大な役員退職給与部分があり、その損金算入が否認されるからといって、直ちに右過大な役員退職給与部分のすべてが当該役員の職務の執行又は功労と全く無関係に支給されたものと即断することはできず、それが、右職務の執行又は功労と無関係に支払われたもので、国税徴収法三九条が第二次納税義務が成立するための要件として規定する、無償又は著しく低額の対価による財産の処分に該当するかどうかは、当該役員の職務又は功労の内容、程度、勤務年数等と対比して別途に判断されるべきものである。

3  右のとおり、法人税法三六条との関係では、平均功績倍率法を利用して役員退職給与の金額の相当性を判断することが合理的であるとしても、国税徴収法三九条との関係では、実際に支給された退職金の金額が平均功績倍率法によって求めた相当とされる退職金の金額を超えていれば、その超える部分について無償又は著しく低額の対価による財産の処分があったと直ちにいうのは妥当ではなく、平均功績倍率法によって求めた相当とされる退職金の金額と実際に支給された退職金の金額の乖離の程度に加えて、当該役員の職務又は功労の内容、程度、勤務年数のほか当該退職金が支給されるに至った具体的事情等をも考慮し、その退職金の支給が無償又は著しく低額の対価による財産の処分に該当するか否かを判断するのが相当である。

二  本件各退職金の支給が国税徴収法三九条の無償又は著しく低額の対価による財産の処分に該当するか否かについて

1  まず平均功績倍率法によって求められる原告らの相当とされる退職金の金額について検討する。

(一) 平均功績倍率について

証拠(乙一二の1、2、一四の1、2、一七、証人本田実)によれば、日本橋税務署長は、訴外会社の昭和六三年六月期の法人税の確定申告書において損金として経理されていた本件各退職金について、不相当に高額な部分の金額を算定するに当たり、東京国税局管内の各税務署に照会して、訴外会社と同種の菓子製造業を営み、本件各退職金の支給が決定されたのとほぼ同時期である昭和六二年一二月から昭和六三年一二月までの間に役員に退職金を支給したことのある法人(ただし、退職金について源泉所得税を納付している法人)を抽出した上、訴外会社の昭和六二年六月期を含む過去三事業年度の平均売上金額が約五一〇〇万円であったことから、比較対象とする法人の範囲を、その法人の過去三事業年度の売上金額の平均額が五〇〇万円を超え、五億円以下のもの(比率にして概ね0.1倍を超え、一〇倍以下のもの)で、退職金額等に疑問があるとして各所轄税務署において調査の対象としているという事情がないものに絞って類似法人を選定し、その退職金支給状況を調査したところ、別表2記載のとおりの結果が得られ、その平均功績倍率は3.29(小数第三位以下四捨五入)であったことが認められる。

しかして、右選定過程に恣意の介在は認められず、選定された同業者数は各事業者の個別性を捨象するに足りるものであること、訴外会社と選定された同業五社との売上金額の比率は別表2の「訴外会社の売上金額に対する比率」欄記載のとおりであり、選定基準とされた比率よりも低い0.3倍から六倍の範囲に入っていること、各同業者における功績倍率にはややばらつきがみられるが、同業五社のうち四社における功績倍率はいずれも右平均功績倍率よりも下回っていること等に照らしてみれば、日本橋税務署長が行った右退職金支給事例の選定は、法人税法三六条、同法施行令七二条の規定にかんがみ合理的に行われたものということができ、原告らに対する相当とされる退職金額を算定するための係数として、右平均功績倍率3.29は妥当性を有するものと認められる。

(二) 勤務年数について

訴外会社が昭和四四年二月三日に設立され、原告二郎が代表取締役に就任したこと、訴外会社が昭和六三年六月三〇日に解散したことは、当事者間に争いがないところ、証拠(甲一三ないし一八、二一、乙一、一六、原告一郎本人)によれば、太郎は、戦後、菓子製造販売業を始め、昭和三〇年七月に株式会社○○堂を設立して会社組織で事業を展開したが、昭和三七年一月ころ交通事故に遭い、そのころから太郎の長男である原告一郎が中心となって菓子製造販売業の経営を行うようになったこと、昭和四四年ころ、株式会社○○堂が手形不渡りを出して経営が行き詰った際に、訴外会社が設立されたが、訴外会社としては営業活動は行わず、株式会社○○堂が経営規模を縮小して引き続き営業活動を行っていたこと、その後、昭和五一年六月三〇日をもって株式会社○○堂は休業し、同年七月一日から、設立以来営業活動を行っていなかった訴外会社が株式会社○○堂の営業をそのまま引き継ぐこととなったこと、原告一郎は、同年一〇月三一日、訴外会社の取締役に就任し、訴外会社の解散に至るまで取締役の地位にあったこと、昭和五六年一二月一六日、訴外会社の代表者が原告二郎から太郎に変更になったが、原告二郎は、その後も、訴外会社の解散に至るまで取締役の地位にあったことが認められる。

右認定事実を前提とすると、原告らの勤務年数を計算するに当たって、訴外会社の前身である株式会社○○堂における稼働期間をどのように評価すべきかが問題となるところではあるが、訴外会社と株式会社○○堂とは、法人としては別個のものであり、本件においては、あくまでも訴外会社の取締役としての退職金の金額の相当性が問題とされているのであるから、勤務年数については、訴外会社の取締役としての勤務年数のみを通算すべきである。また、訴外会社は設立後昭和五一年六月三〇日まで営業活動を行っていなかったのであるから、原告二郎の訴外会社における取締役としての勤務年数は、同年七月一日から起算するのが相当である。

そうすると、訴外会社における取締役としての勤務年数は、原告二郎については、昭和五一年七月一日から昭和六三年六月三〇日までの一二年、原告一郎については、昭和五一年一〇月三一日から昭和六三年六月三〇日までの一二年(一年未満切上げ)とするのが相当である。

(三) 最終報酬月額

原告らの訴外会社における最終報酬月額が四〇万円であることは当事者間に争いがないところ、右最終報酬月額が原告らの役員としての在職期間を通じての訴外会社に対する功績を適正に反映していないという特段の事情は、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。

(四) 以上によれば、平均功績倍率法による原告ら各自の相当とされる退職金の金額は、最終報酬月額四〇万円に勤務年数一二年を乗じ、さらに同業種、類似規模法人の平均功績倍率である3.29を乗じた一五七九万二〇〇〇円となる。この金額と本件各退職金の金額を比較すると、本件各退職金の金額は、平均功績倍率法により相当とされる退職金の金額の五倍を超え、その差額は六四二〇万八〇〇〇円となる。

2  そこで、更に本件各退職金が支給された事情について検討する。

(一) 前記第二の一の争いのない事実と証拠(甲一九、二一、乙二ないし四、五の1、2、六、一五、証人本田実、原告一郎本人)によれば、訴外会社は、昭和六三年三月二二日、代表者である太郎とその妻の住宅として使用していた本件土地建物を二億三三八〇万円で売却したこと、原告一郎は、本件土地建物の売却益の節税対策等について三菱銀行に相談したところ、同銀行からM税理士を紹介され、同税理士から節税のためには、訴外会社を解散して本件土地建物の売却益を退職金として支給することが最善の方法である旨指導を受けたこと、そのため、訴外会社は、M税理士の指導に従うこととし、その処理を同税理士に一任し、同税理士において訴外会社の役員退職慰労金支給規定を作成するなどして訴外会社の解散と本件土地建物の売却益を退職金として支給するための事務処理を行ったこと、訴外会社は、同年六月三〇日、臨時社員総会において同社の解散を決議するとともに、原告らを含む役員その他の社員に対し、退職慰労金及び特別功労金として、本件土地建物の売却益にほぼ相当する合計二億一二六〇万円を支給する旨決議し、同年八月三一日、右役員らにこれを支給したこと、同年九月三〇日、訴外会社の役員及び社員の全員を取締役等の役員とし、訴外会社と同じ菓子製造販売業を営む新会社が設立されたが、新会社は、訴外会社の営業をそのまま引き継ぐ形で営業を行っており、訴外会社の解散の前後を通じて、家族で営む菓子製造販売業の営業の実態に変化はなかったことが認められる。

(二) 右認定事実によれば、訴外会社が解散し、原告らを含む役員その他の社員に退職金が支給されたのは、専ら、訴外会社の資産である本件土地建物の売却による売却益について訴外会社の法人税を回避するためであり、それぞれの役員らに支給する退職金の金額は、その合計額が本件土地建物の売却益にほぼ相当するように設定されたもので、それぞれの役員らの職務執行及び功労と退職金の金額との対価的均衡を考慮した上で決定されたものではないことは明らかというべきである。

3 以上検討したところによれば、本件各退職金の金額は、平均功績倍率法により求められる原告らの相当とされる退職金の金額は五倍を超え、その金額の乖離の程度が大きいだけでなく、訴外会社が解散し、原告らを含む役員らに退職金が支給されたのは、専ら、訴外会社の資産である本件土地建物の売却による売却益について訴外会社の法人税を回避するためであり、それぞれの役員らの職務執行及び功労との対価的均衡を考慮した上で、退職金の金額が決定されたわけではないという事情があることのほか、原告らの訴外会社における役員としての職務、功労の内容、程度が同業の会社の役員に比較して格段に重く、高いものであったなど、訴外会社がその役員である原告らに対し一般の会社と対比してより高額な退職金等を支給すべき特段の事情があることを認めるに足りる証拠はないことを考え併せると、仮に原告らが訴外会社の前身である株式会社○○堂において稼働していたことを相当程度原告らに有利に評価したとしても、本件各退職金の金額は、原告らの訴外会社における取締役としての職務執行及び功労との対価的均衡を著しく欠くものであり、本件各退職金の支給は、国税徴収法三九条の著しく低額の対価による財産の処分に該当するといわざるを得ない。

三  原告らの主張(第一次納税義務の不存在)について

1  原告らは、本件各退職金の金額が相当であることを前提に、本件修正申告が錯誤により無効である旨主張するが、本件各退職金の金額が原告らの訴外会社における取締役としての職務執行及び功労との対価的均衡を著しく欠き、不相当に高額なものであることは、前記二で説示したとおりである。

2  本件修正申告は、訴外会社が原告らに支給した本件各退職金のうちそれぞれ四〇〇〇万円を超える部分について損金算入を否認したものであるが、前記二1記載のとおり、平均功績倍率法により原告らの相当とされる退職金額は一五七九万二〇〇〇円であり、仮に原告らが訴外会社の前身である株式会社○○堂において稼働していたことを相当程度原告らに有利に評価したとしても、少なくとも本件各退職金のうちそれぞれ四〇〇〇万円を超える部分については、法人税法三六条により、訴外会社の損金の額に算入できないことは明らかというべきである。

3  したがって、原告らの前記主張は、その前提を欠き失当というべきである。

四  本件滞納国税の徴収不足及びこれが本件各退職金の支給に基因すること等について

1  日本橋税務署長及び被告が本件滞納国税(法人税本税三二八四万〇一〇〇円、利子税一九万七〇〇〇円及び過少申告加算税四九〇万〇五〇〇円並びに本税に対する延滞税)を徴収するため訴外会社の預金債権を差し押さえたが、差し押さえた預金債権の合計額は二三四万六二六〇円に止まり、被告が訴外会社の預金債権を差し押さえた平成三年四月一七日当時、訴外会社には他に差し押さえるべき財産がなかったことは、前記第二の一4、5記載のとおりであり、右事実によれば、本件各告知処分がされた同年五月二一日当時において、本件滞納国税について訴外会社に滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足が生じていたと認めることができる。

2  弁論の全趣旨によれば、訴外会社の昭和六三年六月期の法人税について確定申告書の提出期限が同年九月三〇日まで延長されたことが認められるので、本件滞納国税の法定納期限は同日となるところ、本件各退職金の支給は、右法定納期限の一年前の日以後の日である同年八月三一日に行われたものであり、本件各退職金の支給がなければ、本件各退職金に相当する金額が訴外会社に留保され、右1の徴収不足が生じなかったであろうと認められるから、右1の徴収不足は、本件各退職金の支給に基因するものということができる。

五  原告らの第二次納税義務の範囲等について

以上によれば、原告らは、訴外会社から著しく低額の対価による財産の処分を受けた者として、本件滞納国税について国税徴収法三九条により第二次納税義務を負うべきものである。そして、証拠(甲一八、乙一、四)及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、別表1記載のとおり、その社員のすべてが原告らの親族であり、その出資割合が一〇〇パーセントを占めることが認められるのであって、訴外会社は、法人税法二条一〇号の同族会社であり、原告らは、国税徴収法施行令一三条一項五号に規定する同族会社の判定の基礎となった社員として、訴外会社の特殊関係者に該当するので、訴外会社の右財産の処分により受けた利益の限度で、第二次納税義務を負うべきことになる。

しかして、原告らは、本件各退職金の支給により、その職務執行及び功労に対する対価として相当と認められる退職金の金額と本件各退職金の金額との差額分について利益を得たと考えるべきところ、前記二で説示したところによれば、仮に原告らが訴外会社の前身である株式会社○○堂において稼働していたことを相当程度原告らに有利に評価したとしても、その差額は原告ら各自について四〇〇〇万円を下らないことは明らかというべきである。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告らに対し本件滞納国税について各自四〇〇〇万円の限度で第二次納税義務を課した本件各告知処分はいずれも適法というべきである。

よって、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例